なにごとも受け身じゃおもしろくならない。

おもしろくないのは誰のせい?

私の身の回りに「なんか最近おもしろくないんだよなぁ」とか「何かおもしろいことない?」などという友人がいます。皆さんの身の回りにもそういう人っていませんか?あと「何かおもしろいことをしろ」とか「何かおもしろい話をしろ」などとおもしろいことを強要してくる先輩。

でも結局面白くないのって自分のせいじゃないかと思うんです。自分が何かを見聞きしてそれがおもしろいかどうかは自分が決めること。ほかの誰かが決めることじゃないんです。だから最近おもしろくないなあと思ったら、まずは自分を疑ったほうがいい。「あれ?最近の自分、感性が鈍ってるな」と。

他人におもしろさを強要しちゃダメ

自分のせいでおもしろくない状態になっているのだから、自分をおもしろくさせるのは自分の役目です。ほかの人におもしろくする役目を求めちゃダメ。そもそもほかの人にはおもしろくすることはできません。おもしろくなるツボなんて他人が知るわけがありませんから。自分が「なにかおもしろいことをしろ」言われたシチュエーションを想像すればすぐにわかりますね。

受け身じゃいつまで経ってもおもしろくならない

他人におもしろさを求めるってことは裏を返せばおもしろさに対して受け身ということ。なにごとも受け身ではおもしろさを体感することはできません。勉強でも仕事でも遊びでも受け身のスタンスのままやらされ感で取り組んでいてはおもしろくありません。

おもしろさは自分で探して自分で感じるもの。誰かがおもしろくしてくれるのを願っているだけでは絶対におもしろくなりません。おもしろいものはどこにでも転がっているのです。

どうしたら身の回りのおもしろさに気がつけるのでしょうか。まずは好奇心をもって身の回りのものを観察してみましょう。おもしろさの原点は観察力と洞察力。身の回りのちょっとしたことでも、なんでそうなのか?あえて疑問をもって考えてみましょう。そうやって観察力と洞察力を鍛えることできっと些細なこともおもしろくなってくるはず。